ヴェトナム戦争時代の、スラヴ系アメリカ人を描いた作品。
初見は中学生のときだったかな。
私にとってのアメリカは漠然としたあこがれの国だった。
豊かで、あか抜けていて、プラス思考の人ばかりが住んでいる夢の国。
情報にさらされていない、当時の純朴な中学生なんてそんなものだ。

だから、これを見たあとは本当にショックで、立ち直るのに数週間かかった。(大げさではなく)

舞台は、ペンシルヴァニア州のクレアトン(架空)という鉄鋼の町。地元の鉄鋼所に勤める青年達が主人公だ。
彼らは特に教養があるわけでも、金持ちでもない。
ただ、仕事のシフトをこなし、地元のバーで遊ぶのが日常。
たまの楽しみといえば、人の結婚式や鹿狩りぐらいなものなのだ。

映画は、この青年達の日常を実に丁寧に(今だったら冗長と言われてしまうだろう)3時間のうち1時間ほどもかけて描いていく。俳優達の演技があまりに自然体なので、私たちはドキュメンタリーを見ているような気分にさせられる。

主人公3人マイケル(ロバート・デ・ニーロ)、ニック(クリストファー・ウォーケン)、役名ど忘れ(ジョン・サヴェージ)は「志願」してヴェトナムへ出征していく。
理由はハッキリと描かれていない。
でも、彼らの気持ちは何となく分かる。
私も片田舎で(といっても地方都市部だけど)育ったから。
20代の彼らが人生をもてあまし、漠然と日常を打破したいと言う気持ち。戦争は願ってもない機会だ。無事帰還すれば間違いなくヒーローになれるのだ。

これは今の日本人にも言えることではないか。
高度経済成長もバブルも通り越し、停滞した空気。
お金さえあれば望むものは何でも手に入り、かといって自分が
アイデンティティーを主張する場は極端に少ない。
何か新しいことをやろうと思っても、既に誰かがやっている。
もし、今、戦地に赴くボランティア兵を募集したなら、多くの若者達が殺到するのではないか。

戦地は想像を絶する地獄絵図。
そこに存在する大儀も見いだせない。
彼らがヴェトコンに強要されるロシアン・ルーレットのシーンは壮絶だ。まともに直視出来る人はいないだろう。

戦地で3人は別れ別れになり、マイケルは一旦単独故郷に帰還するものの、英雄扱いされるも納得がいかない。
親友ニックは行方不明のままだ。
新婚の友人は片足を失っている。
マイケルはニックを探すために陥落寸前のサイゴンに。
そこで見たかつての親友は廃人同然だった。

ヴェトナムではロシアンルーレットなんかやらなかった。
アジア人差別だ。
いろんな理由でこの映画を否定する人も多い。
だけど、あるヴェトナム帰還兵がこの映画を見てぽつりと言ったという。
「私が今までに言いたかったことは、こういうことだったのだ…」。

親友を失っても、傷ついても、力無く「ゴッド・ブレス・アメリカ」を歌うしかない哀しさは、見る人の胸に深く突き刺さる。

****
不謹慎ですが
今で言う「腐女子」的「萌え」を初体験したのもこの映画です。
評論家の川本三郎さんもおっしゃってますが、マイケルとニックの間には友情以上のものがあるみたい。
クリストファーウォーケンの美貌(ほんとだってば)と毒には多くの女性が犠牲になったことでしょう。
彼のガールフレンドとして、当時25歳のメリル・ストリープが出演していますが、本当にはかなげで綺麗でした。
ディズニーの劇場用アニメのなかでは、最もお気に入りの中の一本。

ネイティブ・アメリカンの酋長の娘と、黄金を探しに大陸に乗り込んできた英国開拓者達に混じってやってきた冒険家・ジョン・スミスの恋を描く。
ディズニー映画史上初の悲恋の物語なのだ。

ポカホンタスがあまり可愛くないという噂もあったけど
実際の動画の中の彼女はとてもチャーミングだ。
彼女のマスコットのアライグマ(ミーコ。名前も可愛い!)も
ジョンに冷たい気むずかし屋のハチドリのコンビもいい。

ネイティブアメリカンの話にミュージカルなんて、と思うだろうが、そのできばえはミュージカルアレルギーの人でも思わず鳥肌が立つほど。
特に、ジョンに「私たちをあなた方はsavagesと呼ぶけれど、あなた方も同じ。何もかもが(正しく)見えている訳じゃない」と歌い上げるシーンは秀逸だ。

また、演出にも新しい試みがなされている。
ディズニーのアニメは、フルアニメだから実によくなめらかに「動く」わけだけれど、時には無駄な動きに見えてしまうこともある。
ポカホンタスも動きはなめらかだが、じっと止まって考えたり、
顔の止め絵の表情だけで見せる場面が多いのだ。
キャラクターの心情を、台詞でなくキャラクターに「演技」させているのだ。また、「間」を非常に効果的に使っている。(この辺は近作「ブラザーベア」にも通じるところがある)
ジョン・スミスが初めてポカホンタスと対峙するときのあの「間」には、多くの人がジョン同様ゾクッとしたに違いない。

ただ、残念なのは、子どもはこの映画を楽しく見られないのでは、という点だ。
うちの子はポカホンタスの許嫁ココアムが射殺されてしまう場面になると「コワイ!コワイから消して!!」とおびえたものだ。
でもってジョンの処刑方法は撲殺(死なないけど。)
おまけにジョンは酋長をかばって撃たれてしまう。
ふつうの映画だったら特に珍しくも何ともないシーンだ。
だけど、子どもが見るディズニー映画とはちょっと違うのではないか。

ポカホンタスが不細工だからではなく、
大人の鑑賞に耐えるアニメをという試みが、
子どもが「楽しんで」見られるアニメでは無くなってしまったところに、マイナーになってしまった原因があるのかも。

が、食わず嫌いの方には是非見てもらいたい傑作の一つとして
敢えておすすめしたい。
子を持つ親なら、一度はディズニーの洗礼に会い、
自分の方がはまってしまったという人も多いのでは。
コアなファンでは無いけれど、私も一時期ディズニーアニメに
魅せられて、だいたいのクラシック作品は見てきたつもり。

が、この作品だけは見るチャンスがなかった。
リアルタイムでは赤ちゃん保育真っ最中、
ビデオ屋で観ても食指が動かない。
ただ、予告篇で見たエスメラルダの美しさだけが印象に残ってた。

ようやく、今回WOWOWで録っておいたモノを、
じっくり見てみたというわけ。

一言。
これは完全に大人向けですね。
「ポカホンタス」も大人向けですが。(後ほど詳しく書くつもりですが)

明らかに「乙女」ではないヒロインもディズニー史上初めてでは無いでしょうか。
たしか、本国ではD.ムーアが声を当てていたような。
美しくて、実に骨太なヒロインってことでぴったりかも。

悪役の総督が(老人、だよね…?)エスメラルダを妄想して情念をたぎらせるシーンなんて、特にエロいわけじゃないけど子どもには理解できないし説明出来ないシーンで、思わずちょっと生温かい笑いがこみ上げてしまったわ(ヤダヤダ)。

以下ネタバレ

結局エスメラルダはカジモドを恋人として選ぶわけじゃないけれど、その相手の男も、男が惚れる男(変な意味じゃなく)として
上手に描かれているので、納得してエンディングを迎えられるようになっており、この辺が実にディズニーらしい巧みさというかあざとさというか。

カジモドは育ての親であるフロローに「保護」されて人間性を封じ込められてきたのだけれど、最後はエスメラルダとの出会いがトリガーとなり自らの殻を破って、目覚ましい「超人的」な活躍を見せて市民に受け入れられる。

音楽も映像も、本当にすばらしい。けれど
ストーリーは、どうだろう。
結局異形の者への哀れみにとどまってはいないか。
一見うまくまとめてはいるけれど
結局カジモドはほんとうに幸せになったのか、と考えれば考えるほど別の意味で涙があふれてきてしまった。
リアル世代なんですよ(年バレ)。

映画好きの母につれられて小学生の時にスクリーンで観ました。
思えばこれが洋画の初体験。
リアル世代ファンにその当時の衝撃は語り尽くされているので
いまさら何も言いませんが、
ご多分に漏れず、はまりましたね〜(笑)。

ネットも存在しない時代。
情報源は雑誌とテレビのみ。
それも火付けの要素だった。

ニュートリロジーでルーカスさんの実力がはっきり分かった今
(何が言いたいんだ)
この作品はある意味「奇跡の作品」だと今では思います。
時代・キャスティング、音楽の絶妙さ。
そして優秀だったのは監督ではなくて編集者だったのですね。

まあ、このシリーズに費やしたエネルギーと日々を思うと
色々思いは複雑ですが、見届けましょう、最後まで(苦笑)。

雨の月曜日(鬱)

2004年5月10日
ひつじのポーさん、こんな私の日記にリンクしてくださって
ありがとうございます♪

雨の月曜はかなり鬱。
何がって、下の子(一年生)が根性なしで、
何かと理由をつけて不安を訴えるから。
おまけに月曜は体操着やら上履きやら荷物も多いときたもんだ。
ちびでやせっぽちの彼女には相当な「精神的」負担らしい。
私の顔色をうかがって、
「おかーさん、いっしょにきてくれないかな…」的オーラがビンビンなわけですよ。

でも行ってやらない。
これはあくまで「精神的」な問題。
うちの子自身が強くなって乗り越えて欲しい問題。

だいたい、最近の小学生はたるんでる。
薄っぺら(決して本棚には単独で立たない。一学年分でも立たない)の教科書でただでさえ学習量が減ってるっていうのに
時間つぶしてやれ親子レクだの総合的学習(ハッキリ言って甘やかし学習)でフィールドワークだ。

何故、幼稚園でやってきたようなことをやらせるんですかね…。
(遠い目)

まだ建設的に考えをまとめることが出来ない子どもに
外に出ていろんな体験させて自分で考えて考えをまとめてなんて…早すぎるのだよ。
当の小学生にとっちゃただの息抜きだよ(苦笑)。
それよりも国語・算数の基礎をしっかりたたき込んでほしい。

まあいろいろ今の教育制度にはもの申したいけれど
おいおい語るとして今日はこの辺で。

余談ですが小学生って、臭いです。
なんの臭いって、「給食」の臭いなんですね。
私は上の子があんまり毎日生臭くなって帰ってくるので
「こんなうら若くて、た、体臭…?」と悩んだモノですが
下の子が同じ臭いになって帰ってくるので
「やっぱり給食だったか」と確信した次第です(笑)。

検診

2004年5月7日
子どもが学校へ行くようになると、
今までの多忙さから嘘のように解放されてびっくりする。

もともと丈夫な方なので、風邪ひくのも一年に一回以下。
それに甘んじて(医者嫌いということもあるけど)
とっくに集団検診の対象になっているのにさぼり続けてきた。

だけど、さすがに時間がある。
今年は重い腰(ほんとに重い)を上げたというわけ。
先日受けた婦人検診の結果を受け取りにいってくるか。
しかし婦人科っていうのはほんと憂鬱よね。
あーんなカッコさせられて(大股開き)
ぐりぐり器具突っ込まれて
子ども何人産んだって痛いっちゅうの。
同じこと、先生(男性)にして差し上げたいわ。

まあ、とにかく、逝ってきます。
去年の夏に原書を手に入れてから約半年かけて読破しました(笑)。

感想は…
そーですねぇ。
…長い(爆)。

ハリーが、思春期にさしかかっているので
かな〜りダークな要素が見え隠れしているところなど、
よく描けていますね。うまいです。
また、父世代の思春期時代をかいま見て、想像とはかけ離れた実態に愕然とするところなど、今までにはないリアルさがあります。

人間界で言う「病院」に当たる施設が重要な舞台としてでてくるのですがこれがなんだかいかにもvideo gameの世界観を意識して作った感じ。
私はFF8のエスタを思い出しました(分かる人には分かる)。

話の本筋からはそれるのですが、
例の東洋系の女の子、Cho、かなり絡んできます。
ハリーとのちぐはぐなやりとりがほほえましいというか、
私的には一番の見所・笑いどころかと(笑)。

ちょっとネタバレくさいですが
終盤にDumbledoreがHarryにVoldemortとHarryとの因果を話して聞かせるところがあるのですが
…………「いまさらアンタ何言うてはるの…」
とガクっときたのは私だけではあるまい(苦笑)。

まあそんなベタベタな話の展開はいつものこと。
少なくとも4巻よりは断然面白いと言っておきましょう。
長いけど(しつこい)。

話は変わるけど、映画「アズカバンの囚人」のキャストを見てショック。
Siriusはあの方でいいけど、Lupinは激しくびみょー…。
もっとエレガントではかなげで危険な感じのする線の細い人ってイメージをもってたのになんか違うのよね。名優かも知れないんだけどさ。

ブラザー・ベア

2004年5月7日 映画
子どもがね、「見たい」って言ってきたんです。
それがなかったら見てなかった。
あのニモがつまらなくて寝そうになった私。
半年もたたないうちにまたディズニーか?カンベンして〜

ブラベアはCMからしてびみょーだった。
「今度はくま…かわいくねー…。人間がくまになって子熊と旅ねぇ…。けんかしながら絆深めるってか?どーせ最後は人間に戻ってハイさよならなんだろーな。ケッ」

…見終わったら、世界が変わってた(大げさ)。
これは生きとし生けるものの愛と赦しの物語なのですね。
そんなことCMからはかけらも想像出来んかった。

人間の3兄弟がイイ。
長兄の包み込むような愛と決断(ホント、胸が痛みました…)
次兄は弟まで失ったと思い太陽のような明るさが一転、どこまでも執拗にクマ(キナイ)を追う。
愛を贅沢に受けていた末っ子・キナイは、実の兄に命を狙われながら子熊のコーダと旅をするうちに自分のトーテム「愛」の意味を知ることに…。

絵が可愛くないとか話がつまらんとかいう批評もちらほら目にしますが、「ムーラン」「ポカホンタス」が大好きな私にとってはなんの違和感もないですね。
ハードな話の展開も、お気楽ディズニーらしくなくていい。
むしろ、手書きアニメーションのキャラがかつて無いほどに細やかな「演技」をするのに感動してしまいました。
アニキャラに演技賞を与えられるなら、

主演男優賞;キナイ(クマバージョン)
助演男優賞;デナヒ
〃(次点);コーダ

…に授与したいと思います(笑)。

特に、次兄デナヒには惚れました(爆)。
早くDVDで見直したい!
こんなアニメは初めてです。

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