ISBN:4198617457 単行本 金原 瑞人 徳間書店 2003/09/21 ¥1,365 「助け、求む」。パパの出した広告に、はるか遠い海辺の街からひとりの女性がやってきた。パパの新しい奥さんになるかもしれない人、わたしと弟のケイレブのお母さんになってくれるかもしれない人だ。海のおみやげを持って草原へ降り立った「のっぽでぶさいくなサラ」をわたしたちは、すぐに好きになった。でも、サラは海が恋しくてたまらな…
実は本は読んでません(爆)。
ありとあらゆる書店を探しましたが見つからず。残念。
昨日、WOWOWでオン・エアの「ニック・オブ・タイム」でmy darling、Christopher Walkenを見たのでこれのドラマ版を思い出しました。
父役ジェイコヴがウォーケンでサラ役はグレン・クローズです。
決してホラー映画じゃありません(笑)。
未婚で微妙な齢の女性、サラが、単に「労働力」として農場に後妻ととして嫁いでくる。この年になるまでろくに愛も知らず、兄が結婚したのをきっかけに家を出、自分にコンプレックスを感じながら「求人」に応えてやってくる彼女は、もちろん「夫」からの愛もはなっから期待していない。
一方ジェイコヴは妻に先立たれた傷がまだ癒えないけれど、ただただ目の前にこなさなければならない「仕事」があることで気持ちを紛らわせている。こども達にも不器用な愛しか示せない。
そんなふたりが、共に生活をおくるうちにいつしか心を通わせて
ほんとうの家族になっていく。
テレビ映画で、3部作になっているのですが、ケイリブとアンナというこども達がほんとに可愛くていじらしくて、また、その子立ちを眺めるG・クローズの優しげなまなざしが本当に素敵で惚れてしまいました。
対するジェイコヴのクリストファー・ウォーケンもいつもの怪演がうそのように繊細で、不器用だけれどほんとうは心根の優しい男性を好演。農民なので、ややガングロなのが残念(笑)。
こういう映画をみると思うのですが、
人間って、自分の弱さを誰かに受け止めて欲しい生き物だと思うnんですね。
それが出来ずにいると、「傷つきたくない」という鎧で自分を固めているので他人には決して優しくなれない。
サラへの愛に気付いてからのジェイコヴは、まなざしから行動の端々まで優しさがあふれていて、これってほんとに演技?というくらい自然で、名優というのはまさにこういう人たちをいうのだな、とつくづく思った次第です。(自分が惚れてるからってのもありますが(^^;))
実は本は読んでません(爆)。
ありとあらゆる書店を探しましたが見つからず。残念。
昨日、WOWOWでオン・エアの「ニック・オブ・タイム」でmy darling、Christopher Walkenを見たのでこれのドラマ版を思い出しました。
父役ジェイコヴがウォーケンでサラ役はグレン・クローズです。
決してホラー映画じゃありません(笑)。
未婚で微妙な齢の女性、サラが、単に「労働力」として農場に後妻ととして嫁いでくる。この年になるまでろくに愛も知らず、兄が結婚したのをきっかけに家を出、自分にコンプレックスを感じながら「求人」に応えてやってくる彼女は、もちろん「夫」からの愛もはなっから期待していない。
一方ジェイコヴは妻に先立たれた傷がまだ癒えないけれど、ただただ目の前にこなさなければならない「仕事」があることで気持ちを紛らわせている。こども達にも不器用な愛しか示せない。
そんなふたりが、共に生活をおくるうちにいつしか心を通わせて
ほんとうの家族になっていく。
テレビ映画で、3部作になっているのですが、ケイリブとアンナというこども達がほんとに可愛くていじらしくて、また、その子立ちを眺めるG・クローズの優しげなまなざしが本当に素敵で惚れてしまいました。
対するジェイコヴのクリストファー・ウォーケンもいつもの怪演がうそのように繊細で、不器用だけれどほんとうは心根の優しい男性を好演。農民なので、ややガングロなのが残念(笑)。
こういう映画をみると思うのですが、
人間って、自分の弱さを誰かに受け止めて欲しい生き物だと思うnんですね。
それが出来ずにいると、「傷つきたくない」という鎧で自分を固めているので他人には決して優しくなれない。
サラへの愛に気付いてからのジェイコヴは、まなざしから行動の端々まで優しさがあふれていて、これってほんとに演技?というくらい自然で、名優というのはまさにこういう人たちをいうのだな、とつくづく思った次第です。(自分が惚れてるからってのもありますが(^^;))
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まだ下巻の途中なのに書いちゃいます。
映画化されたということで読んでみました。
わたしの好きな(?)兄弟もの、らしいので…。
ロシア人のクォーターとして生まれ、函館に育った美しい女性・薫が、若くして望まれて昆布漁の村へ嫁ぎ、不慣れな生活の中、夫の愛を受け入れることで自分の存在を確認するが、その仮の幸せも長くは続かなかった…。義弟との禁じられた恋、不義の子の出産を通してほんものの「自分」に目覚めた薫は、家を出る決意をする。
といった内容でしょうか。
舞台は昭和30年代。
父の顔も、愛も知らない、自分のルーツにも確かなものを感じられず、生きている証が欲しくて結婚した薫。
それが間違いだと気付いた時には既に遅く、修羅場のあと、彼女が選んだのは子どもたちの目の前で自らを犠牲にすること…
というと聞こえがいいけれど、もうちょっと女性なら、母なら、
逞しく生きる力を得られなかったんでしょうか。
昭和30年代という、まだまだ女性にとっては厳しい時代というのもありますけれど。
彼女が経験した「結婚生活」は漁村という特殊な世界ではあるけれど、結婚した女性ならだれでも感じる(と思う)「妻」となってしまった女性の、アイデンティティーを失いかける一つの過程だと思う。
「クォーターで美しい」という条件は一般の女性には当てはまらない特殊なものでしょうけれど。
しかし。兄弟で一人の女性を…という設定はありがちですが、
思いを遂げてしまい子どもまでなしてしまうと、やっぱりなんだか不浄だなあとしか思えない。
昔、映画「瀬戸内少年野球団」で、夏目雅子が夫が戦死したため、義両親に義弟との関係を迫られるなんてシーンがあって吐き気を催した覚えがあります。
もし、そんなことが昔当たり前のようにあったことなら、おぞましい限りです。
下巻では、成長した薫の娘たちの物語になっていて、こちらの方が生き生きとした物語になっている。
映画化されたということで読んでみました。
わたしの好きな(?)兄弟もの、らしいので…。
ロシア人のクォーターとして生まれ、函館に育った美しい女性・薫が、若くして望まれて昆布漁の村へ嫁ぎ、不慣れな生活の中、夫の愛を受け入れることで自分の存在を確認するが、その仮の幸せも長くは続かなかった…。義弟との禁じられた恋、不義の子の出産を通してほんものの「自分」に目覚めた薫は、家を出る決意をする。
といった内容でしょうか。
舞台は昭和30年代。
父の顔も、愛も知らない、自分のルーツにも確かなものを感じられず、生きている証が欲しくて結婚した薫。
それが間違いだと気付いた時には既に遅く、修羅場のあと、彼女が選んだのは子どもたちの目の前で自らを犠牲にすること…
というと聞こえがいいけれど、もうちょっと女性なら、母なら、
逞しく生きる力を得られなかったんでしょうか。
昭和30年代という、まだまだ女性にとっては厳しい時代というのもありますけれど。
彼女が経験した「結婚生活」は漁村という特殊な世界ではあるけれど、結婚した女性ならだれでも感じる(と思う)「妻」となってしまった女性の、アイデンティティーを失いかける一つの過程だと思う。
「クォーターで美しい」という条件は一般の女性には当てはまらない特殊なものでしょうけれど。
しかし。兄弟で一人の女性を…という設定はありがちですが、
思いを遂げてしまい子どもまでなしてしまうと、やっぱりなんだか不浄だなあとしか思えない。
昔、映画「瀬戸内少年野球団」で、夏目雅子が夫が戦死したため、義両親に義弟との関係を迫られるなんてシーンがあって吐き気を催した覚えがあります。
もし、そんなことが昔当たり前のようにあったことなら、おぞましい限りです。
下巻では、成長した薫の娘たちの物語になっていて、こちらの方が生き生きとした物語になっている。
日出処の天子 (第1巻)
2004年11月17日 読書
なんだか日記と言うよりは回顧録みたいになってますが(苦笑)。
「アラベスク」「妖精王」等で有名な山岸涼子氏の作品です。
聖徳太子の少年時代を描いたものですが、厩戸王子(少年時代の聖徳太子)は実は超能力の持ち主という設定。その特殊な能力故に実の母からも疎まれ愛に飢えながら、飛鳥時代の権力闘争の背後に暗躍し、ついには大王の摂政という政治の実権を握るまでが描かれています。
が、実は苦悩する少年が精神的な葛藤とかなわない愛を経験して成長していく物語でもあったりして。
時の豪族、蘇我馬子の長男でありながら、ひたすら純粋な蘇我毛人を精神的な縁としながら、特殊な能力を持つ自分の在り方を時には少年らしく自暴自棄になりつつも時代の流れに身を投じていく。
…ぶっちゃけた話、つまりですね、厩戸は毛人に恋をしてしまうんですね(爆)。
当然毛人はノーマルで、女性のように美しい厩戸に半分懸想しながらも、女性もいるわけで(当時は一夫多婦制)。
その毛人が巫女に真剣な恋をしたときの厩戸の猛烈なジェラシーと女でも考えつかないネチネチした策略に、毎月LaLaを買うたびに女子高生どもは大変盛り上がりました。
日本史の飛鳥時代だけ、妙に人物関係に詳しくなりました(苦笑)。
そういう女子的な盛り上がりもさることながら、山岸氏の、画の隅々にあますことなく表れる綿密な時代考証には感服です。
夢枕漠氏著「陰陽師」の安倍晴明と源博雅の関係は、この作品の厩戸&毛人の関係からインスパイアされているそうです。
「アラベスク」「妖精王」等で有名な山岸涼子氏の作品です。
聖徳太子の少年時代を描いたものですが、厩戸王子(少年時代の聖徳太子)は実は超能力の持ち主という設定。その特殊な能力故に実の母からも疎まれ愛に飢えながら、飛鳥時代の権力闘争の背後に暗躍し、ついには大王の摂政という政治の実権を握るまでが描かれています。
が、実は苦悩する少年が精神的な葛藤とかなわない愛を経験して成長していく物語でもあったりして。
時の豪族、蘇我馬子の長男でありながら、ひたすら純粋な蘇我毛人を精神的な縁としながら、特殊な能力を持つ自分の在り方を時には少年らしく自暴自棄になりつつも時代の流れに身を投じていく。
…ぶっちゃけた話、つまりですね、厩戸は毛人に恋をしてしまうんですね(爆)。
当然毛人はノーマルで、女性のように美しい厩戸に半分懸想しながらも、女性もいるわけで(当時は一夫多婦制)。
その毛人が巫女に真剣な恋をしたときの厩戸の猛烈なジェラシーと女でも考えつかないネチネチした策略に、毎月LaLaを買うたびに女子高生どもは大変盛り上がりました。
日本史の飛鳥時代だけ、妙に人物関係に詳しくなりました(苦笑)。
そういう女子的な盛り上がりもさることながら、山岸氏の、画の隅々にあますことなく表れる綿密な時代考証には感服です。
夢枕漠氏著「陰陽師」の安倍晴明と源博雅の関係は、この作品の厩戸&毛人の関係からインスパイアされているそうです。
「11人いる!」「トーマの心臓」「ポーの一族」それから、レイ・ブラッドベリのコミック化で有名な萩尾望都様。
70〜80年代の作品が大好きです。
「スター・レッド」は「プチ・フラワー」という当時は大人向けのコミック雑誌(今もあるのかな)で掲載されてたSFロマン(←死語ですな)コミック。
主人公の徳永・レッド・星は、地球の流刑地で生まれた火星人の最後の子孫。
火星人には色素が無く、世代を追う事に超人的な能力を増していき、「人間」の脅威となり、迫害の対象となる。
星はその人間と火星人との間に起こった戦争の遺児。
白い髪、赤い瞳。
地球では髪を黒く染め、カラーコンタクトをして徳永博士の娘として暮らしている。
彼女の、故郷・火星に対する思慕の念は成長するにつれふくらみ、ついには謎の異星人・エルグにつれられて故郷に帰る。
そこで彼女が見たものは…。
作品の冒頭、昼間はお嬢様の星が、暴走族のリーダーとしてバーに現れ、男どもを軽くいなしたり、ビンタ食らわせたり、とそのインパクトの強さとカッコ良さにまず圧倒されてしまう。
彼女が乗り回すバイクとか、着ているコスチュームとかデザインがとにかく洗練されててうっとりしたものだ。
かつては地球人だった火星人がどのように進化したのか、
そしてなぜそのような進歩(退化?)をとげたのか、
ドームに囲まれたクリュセでの人間の生活、(クリュセでしか子どもが生まれない)
「何代目」ということが何よりも大切にしている、火星人たちの自然と共に生きる姿とか、
とにかくほんとうにどこかこんな世界があるのではないか、
いや、もしかしたら萩尾さんは預言者なのではないかと錯覚するほどの現実感があった。
後半は少し精神論のほうがふくらんで、作品の勢いが無くなってしまってたのが少し残念だったけれど。
映画「インタビュー・ウィズ・バンパイア」を見て
こりゃ「ポーの一族」だろ!と思った人は少なくないでしょ。K・ダンストはメリーベルだってば。
あきらかに原作者はどこかで漫画読んでるよ。
この漫画が掲載されてた当時から、ハリウッドの誰かが
いつかきっとパクるだろうと思ってたけど、いまのとこ無事なようですね(笑)。
レイ・ブラッドベリのSF小説をコミック化した「ウは宇宙船のウ」、光瀬龍原作「百億の昼と千億の夜」もおすすめです。
70〜80年代の作品が大好きです。
「スター・レッド」は「プチ・フラワー」という当時は大人向けのコミック雑誌(今もあるのかな)で掲載されてたSFロマン(←死語ですな)コミック。
主人公の徳永・レッド・星は、地球の流刑地で生まれた火星人の最後の子孫。
火星人には色素が無く、世代を追う事に超人的な能力を増していき、「人間」の脅威となり、迫害の対象となる。
星はその人間と火星人との間に起こった戦争の遺児。
白い髪、赤い瞳。
地球では髪を黒く染め、カラーコンタクトをして徳永博士の娘として暮らしている。
彼女の、故郷・火星に対する思慕の念は成長するにつれふくらみ、ついには謎の異星人・エルグにつれられて故郷に帰る。
そこで彼女が見たものは…。
作品の冒頭、昼間はお嬢様の星が、暴走族のリーダーとしてバーに現れ、男どもを軽くいなしたり、ビンタ食らわせたり、とそのインパクトの強さとカッコ良さにまず圧倒されてしまう。
彼女が乗り回すバイクとか、着ているコスチュームとかデザインがとにかく洗練されててうっとりしたものだ。
かつては地球人だった火星人がどのように進化したのか、
そしてなぜそのような進歩(退化?)をとげたのか、
ドームに囲まれたクリュセでの人間の生活、(クリュセでしか子どもが生まれない)
「何代目」ということが何よりも大切にしている、火星人たちの自然と共に生きる姿とか、
とにかくほんとうにどこかこんな世界があるのではないか、
いや、もしかしたら萩尾さんは預言者なのではないかと錯覚するほどの現実感があった。
後半は少し精神論のほうがふくらんで、作品の勢いが無くなってしまってたのが少し残念だったけれど。
映画「インタビュー・ウィズ・バンパイア」を見て
こりゃ「ポーの一族」だろ!と思った人は少なくないでしょ。K・ダンストはメリーベルだってば。
あきらかに原作者はどこかで漫画読んでるよ。
この漫画が掲載されてた当時から、ハリウッドの誰かが
いつかきっとパクるだろうと思ってたけど、いまのとこ無事なようですね(笑)。
レイ・ブラッドベリのSF小説をコミック化した「ウは宇宙船のウ」、光瀬龍原作「百億の昼と千億の夜」もおすすめです。
直木賞受賞作ということで一応チェック。
内容的には、テレ朝あたりの8時代のTVドラマみたいなテイストですね。
爆笑の内容という前評判で、どのくらい笑わせてくれるのかと
かなり期待していたのですが、爆笑は出来ませんでした。
なぜなら、やはり各話の主人公たちが、笑いのネタに出来ないほど自分の世代にシンクロしているから(涙)。
主人公たちは全員、ある道で第一線で活躍していた人物ばかり。
盛りを過ぎ、あるいは才能の限界を感じ、自分を追い上げてくる
若い世代達に潜在意識の下でコンプレックスと怖れを感じている。
思えば、自分も、何か才能があったわけでもないけれど
会社勤めをしていたって、下に新人が入ってくれば、
必然的に「フレッシュ」なオーラは消え、若さという神通力も効かなくなる。
家庭に入れば、最初はただの「妻」だったけれど
子どもが出来て「母」になれば、一気に人生の脇役になる。
ようするに、人生なんてそのプロセスをいかに受け入れて、
己が人生に昇華させるかが重要、というか
精神安定させるにはそういう半ばあきらめみたいなものも必須だなと分かってくる。
それに対処する精神科医が伊良部という、ハチャメチャで詐欺まがいの医者なのだけれど、患者たちはそのいい加減さに翻弄されながらも不思議に解決策を見いだしていく。
わたしの側に「伊良部」は居ないし
もし居たら大嫌いな人種だけれど、
一見、なんの意味も成さないような存在の人間が
人の「癒し」になりうるのかも知れない、そういいたいのかも知れませんね。
内容的には、テレ朝あたりの8時代のTVドラマみたいなテイストですね。
爆笑の内容という前評判で、どのくらい笑わせてくれるのかと
かなり期待していたのですが、爆笑は出来ませんでした。
なぜなら、やはり各話の主人公たちが、笑いのネタに出来ないほど自分の世代にシンクロしているから(涙)。
主人公たちは全員、ある道で第一線で活躍していた人物ばかり。
盛りを過ぎ、あるいは才能の限界を感じ、自分を追い上げてくる
若い世代達に潜在意識の下でコンプレックスと怖れを感じている。
思えば、自分も、何か才能があったわけでもないけれど
会社勤めをしていたって、下に新人が入ってくれば、
必然的に「フレッシュ」なオーラは消え、若さという神通力も効かなくなる。
家庭に入れば、最初はただの「妻」だったけれど
子どもが出来て「母」になれば、一気に人生の脇役になる。
ようするに、人生なんてそのプロセスをいかに受け入れて、
己が人生に昇華させるかが重要、というか
精神安定させるにはそういう半ばあきらめみたいなものも必須だなと分かってくる。
それに対処する精神科医が伊良部という、ハチャメチャで詐欺まがいの医者なのだけれど、患者たちはそのいい加減さに翻弄されながらも不思議に解決策を見いだしていく。
わたしの側に「伊良部」は居ないし
もし居たら大嫌いな人種だけれど、
一見、なんの意味も成さないような存在の人間が
人の「癒し」になりうるのかも知れない、そういいたいのかも知れませんね。
こわれた腕環―ゲド戦記 2
2004年11月5日 読書
今朝、SWのEP3の予告を見た。
あんまり面白くなさそうな予告編だったわ。
まぁ来年の7月の公開だから、これから色々あきらかになるんでしょうけど、
思った通りの展開になること請け合い…じゃないよねぇ?
SWはおいといて、SWに登場する「フォース」の概念の元になったんではないかと思われる世界観をもつファンタジー「ゲド戦記」。
「指輪」は恥ずかしながら映画をサラっと見たのみで、あまり思い入れがありませんが、「ゲド戦記」は好きですね。
といっても3巻までです(笑)。
私的には、2巻が一番のお気に入り。
巫女としてまつりあげられ、タカビーなアルハが主人公。
実は「軟禁状態」にあり、心の自由も奪われて自我を自ら押し込めた状態にある。
そんな彼女が、ゲドと出会い自分を解放し、本当の名前を取り戻すまでが描かれています。
幼いアルハとずっと年上のゲドの恋とも友情とも取れる、
微妙なかけひきが最後まで続いて、ファンタジーだからというよりなんか違う意味でどきどき(苦笑)。
第3巻ではゲドも年取っちゃって落ち着いてしまって…
まあ、でもかわりに若い王子がお供をするんですけどね。
4巻以降もでてるみたいだけど怖くて読めません。
だって、アルハが、いやテナーがさぁ…
いつまでも生意気で可愛い彼女であって欲しかった(ボソ)。
あんまり面白くなさそうな予告編だったわ。
まぁ来年の7月の公開だから、これから色々あきらかになるんでしょうけど、
思った通りの展開になること請け合い…じゃないよねぇ?
SWはおいといて、SWに登場する「フォース」の概念の元になったんではないかと思われる世界観をもつファンタジー「ゲド戦記」。
「指輪」は恥ずかしながら映画をサラっと見たのみで、あまり思い入れがありませんが、「ゲド戦記」は好きですね。
といっても3巻までです(笑)。
私的には、2巻が一番のお気に入り。
巫女としてまつりあげられ、タカビーなアルハが主人公。
実は「軟禁状態」にあり、心の自由も奪われて自我を自ら押し込めた状態にある。
そんな彼女が、ゲドと出会い自分を解放し、本当の名前を取り戻すまでが描かれています。
幼いアルハとずっと年上のゲドの恋とも友情とも取れる、
微妙なかけひきが最後まで続いて、ファンタジーだからというよりなんか違う意味でどきどき(苦笑)。
第3巻ではゲドも年取っちゃって落ち着いてしまって…
まあ、でもかわりに若い王子がお供をするんですけどね。
4巻以降もでてるみたいだけど怖くて読めません。
だって、アルハが、いやテナーがさぁ…
いつまでも生意気で可愛い彼女であって欲しかった(ボソ)。
ノストラ探偵団 (1)
2004年10月19日 読書
今はどうなさっているんでしょう。
かわみなみさんの初期のコメディ漫画です。
もう、廃刊なんですねぇ…残念!
嬉し恥ずかし・中高生時代の愛読書、LALA そして花ゆめ世代!
美形揃いでおまけに超バタ臭い造形のキャラクター、当時でも異色でしたねぇ〜☆
タレ目の菊ちゃんとつり目の斑鳩刑事の確執というかなんというか、今だったら間違いなく腐女子の「萌え」ネタにされていたことでしょう。
そういえば、斑鳩刑事のパパの名は、斑鳩玉典(たまのり)。
その迫力あるネーミングに、当時はそれだけでご飯3杯食べられるくらいのネタでした(爆)。
旧き良き時代のお話です。
かわみなみさんの初期のコメディ漫画です。
もう、廃刊なんですねぇ…残念!
嬉し恥ずかし・中高生時代の愛読書、LALA そして花ゆめ世代!
美形揃いでおまけに超バタ臭い造形のキャラクター、当時でも異色でしたねぇ〜☆
タレ目の菊ちゃんとつり目の斑鳩刑事の確執というかなんというか、今だったら間違いなく腐女子の「萌え」ネタにされていたことでしょう。
そういえば、斑鳩刑事のパパの名は、斑鳩玉典(たまのり)。
その迫力あるネーミングに、当時はそれだけでご飯3杯食べられるくらいのネタでした(爆)。
旧き良き時代のお話です。
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玉鉄主演で映画にもなる(なった?)作品。
という先入観があったので
主人公2人はまんまそのイメージで読んじゃいました(苦笑)。
まず、何故に横書きなのか?
もしかして、これってケータイサイトで流行ったお話なんですかね。
非常に読みにくいんですけど。
人間の寿命は本来100歳で、寿命を全うしなかった人間は
「天国」というパラレルワールドで残りの人生を全うし、死んでいく。
そして再び新しい人間に生まれ変わるのだそうだ。
人間の細胞は100回再生したら終わりだそうなので
それはまんざら嘘でもないような気がする。
でも、寿命を全うしない人間がいるのは
天国が年寄りばっかりになるからってのは乱暴じゃないの。
じゃあ赤ちゃんは天国の孤児院で育てられるんですか。
まぁそれはいいとして
この本の罪深いところは、主人公が本屋で読み聞かせ士になり
名作の数々をお客に語り聞かせるのだが
その名作の数々の「ネタばらし」をしてしまうところだ。
映画だったら許されるかも知れないけど、
キモの部分で引用だらけってのは、小説とは言い難い。
結末もなんだか。
小さな女の子が彼女の「生まれ変わり」なら許される。
だけどちゃっかり…しちゃってるんだものね(苦笑)。
という先入観があったので
主人公2人はまんまそのイメージで読んじゃいました(苦笑)。
まず、何故に横書きなのか?
もしかして、これってケータイサイトで流行ったお話なんですかね。
非常に読みにくいんですけど。
人間の寿命は本来100歳で、寿命を全うしなかった人間は
「天国」というパラレルワールドで残りの人生を全うし、死んでいく。
そして再び新しい人間に生まれ変わるのだそうだ。
人間の細胞は100回再生したら終わりだそうなので
それはまんざら嘘でもないような気がする。
でも、寿命を全うしない人間がいるのは
天国が年寄りばっかりになるからってのは乱暴じゃないの。
じゃあ赤ちゃんは天国の孤児院で育てられるんですか。
まぁそれはいいとして
この本の罪深いところは、主人公が本屋で読み聞かせ士になり
名作の数々をお客に語り聞かせるのだが
その名作の数々の「ネタばらし」をしてしまうところだ。
映画だったら許されるかも知れないけど、
キモの部分で引用だらけってのは、小説とは言い難い。
結末もなんだか。
小さな女の子が彼女の「生まれ変わり」なら許される。
だけどちゃっかり…しちゃってるんだものね(苦笑)。
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〜ほしのむすめたち〜カナダ・インディアン(イヌイット)の物語
2004年6月18日 読書昨夜子どもに読み聞かせした絵本。
「ほしのむすめたち」(カナダ・インディアンの物語)。
カナダ・インディアン(イヌイット)といえば
ディズニー・アニメ「ブラザーベア」のモチーフになった部族である。
「ブラザーベア」の結末に?????となり
それでいいのかと小一時間キナイを問いつめたくなった人は多いのではないか。
しかし、この絵本を読むと、
映画で描かれていた、シャーマニズムの精神、人が動物に姿を変えるトランスフォーメーションの概念が
、彼らの生活の中や物の考え方にごく自然な形で受け入れられていることが分かる。
「ほしのむすめたち」は、天からやってきた娘(宇宙人?)をさらって妻にした狩人の話だ。
話の中ではミステリーサークルのようなものも登場する。
狩人の妻となったほしのむすめは天が恋しくなり子どもを連れて天界へ帰ってしまう。
妻が忘れられない狩人に天界から科せられた義務は、
地上の全ての生き物の体の一部を天界に持ってくること。
狩人はそれを実行し、天界の者がその体の一部を手に取るとその動物にトランスフォーメーション、こうして天界にも地上と同じ生き物を作ることに成功する。(まるでクローンですね)
ここまではいい。
問題はその後だ。
ここで三人は地上に帰り何時までも幸せに…という
人間のご都合主義的ハッピーエンドを期待するのが
人情ってもの。
しかし、物語は「なんでこうなるの!?」という方向に進む。
狩人と、妻と、その息子も動物のからだの一部として
白い鷹の羽を手に取るのだ。
そして三人は白い三羽の鷹となって、天と地の間で何時までも幸せに暮らしました。END。
こんなハッピーエンドがあるのかとしばし唖然。
ブラザーベア」のエンディングでも複雑な気持ちにさせられたが
コーダはめでたく人間の子どもになって、
デナヒ・キナイ・コーダの三人兄弟は何時までも一緒に仲良く暮らしました、なんて終わり方にならなかった(なり得なかった)
訳が少し分かった。
ネタバレになりますが
映画ではデナヒ曰く
「キナイはクマたちと(残りの人生を)くらした」
とあるので
誤解している人もいるようだが、決して人間と大団円で暮らした訳ではない。
動物を「狩る」立場の人間とは決して相容れない立場にお互いなってしまったのだから。
そういう意味で「ブラザーベア」のエンディングは切ない。
しかし、人間も、動物も自然の一部であり共存していかねばならない、そのことを受け入れ身を捧げたキナイの決断は清々しく、心を打つ。
「ほしのむすめたち」を聞き終えた子どもは
決して「そんな終わり方ヤダ、かわいそう」などとは言わないのだ。
「ほしのむすめたち」(カナダ・インディアンの物語)。
カナダ・インディアン(イヌイット)といえば
ディズニー・アニメ「ブラザーベア」のモチーフになった部族である。
「ブラザーベア」の結末に?????となり
それでいいのかと小一時間キナイを問いつめたくなった人は多いのではないか。
しかし、この絵本を読むと、
映画で描かれていた、シャーマニズムの精神、人が動物に姿を変えるトランスフォーメーションの概念が
、彼らの生活の中や物の考え方にごく自然な形で受け入れられていることが分かる。
「ほしのむすめたち」は、天からやってきた娘(宇宙人?)をさらって妻にした狩人の話だ。
話の中ではミステリーサークルのようなものも登場する。
狩人の妻となったほしのむすめは天が恋しくなり子どもを連れて天界へ帰ってしまう。
妻が忘れられない狩人に天界から科せられた義務は、
地上の全ての生き物の体の一部を天界に持ってくること。
狩人はそれを実行し、天界の者がその体の一部を手に取るとその動物にトランスフォーメーション、こうして天界にも地上と同じ生き物を作ることに成功する。(まるでクローンですね)
ここまではいい。
問題はその後だ。
ここで三人は地上に帰り何時までも幸せに…という
人間のご都合主義的ハッピーエンドを期待するのが
人情ってもの。
しかし、物語は「なんでこうなるの!?」という方向に進む。
狩人と、妻と、その息子も動物のからだの一部として
白い鷹の羽を手に取るのだ。
そして三人は白い三羽の鷹となって、天と地の間で何時までも幸せに暮らしました。END。
こんなハッピーエンドがあるのかとしばし唖然。
ブラザーベア」のエンディングでも複雑な気持ちにさせられたが
コーダはめでたく人間の子どもになって、
デナヒ・キナイ・コーダの三人兄弟は何時までも一緒に仲良く暮らしました、なんて終わり方にならなかった(なり得なかった)
訳が少し分かった。
ネタバレになりますが
映画ではデナヒ曰く
「キナイはクマたちと(残りの人生を)くらした」
とあるので
誤解している人もいるようだが、決して人間と大団円で暮らした訳ではない。
動物を「狩る」立場の人間とは決して相容れない立場にお互いなってしまったのだから。
そういう意味で「ブラザーベア」のエンディングは切ない。
しかし、人間も、動物も自然の一部であり共存していかねばならない、そのことを受け入れ身を捧げたキナイの決断は清々しく、心を打つ。
「ほしのむすめたち」を聞き終えた子どもは
決して「そんな終わり方ヤダ、かわいそう」などとは言わないのだ。
水滸伝 上 新版 (1)
2004年6月14日 読書
水滸伝といえば幻界水滸伝ですかって位、興味が無かったけれど
岩波少年文庫って、大人も惹かれる何とも言えないオーラがあるのよね…。
んじゃー暇に任せて少年文庫読破はどうよ、ということで。
正直、まだ中盤(爆)。
しかし、これを冒険小説として少年に読ませるのはどうよ、と
誰も思わないのかね?
大人の私も唖然とするくらいの暴力、略奪、殺戮、出奔、脱走の
オンパレードだ。
バトロワを超えてスターシップ・トゥルーパーズだ。
メインキャラの登場人物がころころ変わるので
あれ、この人はいったいあの人とどういう関係だったっけ…?
と復習しながら読んでる。
確かに、脳みそのしわが減ってるおばさん向けじゃないわね。
で、今、唯一高潔な魂持ってると思ってた林沖さんが
悪徳高官にいじめられて無実の罪着せられて、かつての仲間にも裏切られて切れまくったとこ。
物語とはいえ、しばし唖然としますぜ(-_-)。
殺戮の方法も切れ方も、いやーさすがに
肉食ってる人は違うなとか差別的なことも頭をよぎったり。
いかんいかん。
この物語のどの辺に世の人たちはロマンを感じるのか、
これから読み進むうちに明らかに…
なるんだろうか?
甚だ疑問である。
岩波少年文庫って、大人も惹かれる何とも言えないオーラがあるのよね…。
んじゃー暇に任せて少年文庫読破はどうよ、ということで。
正直、まだ中盤(爆)。
しかし、これを冒険小説として少年に読ませるのはどうよ、と
誰も思わないのかね?
大人の私も唖然とするくらいの暴力、略奪、殺戮、出奔、脱走の
オンパレードだ。
バトロワを超えてスターシップ・トゥルーパーズだ。
メインキャラの登場人物がころころ変わるので
あれ、この人はいったいあの人とどういう関係だったっけ…?
と復習しながら読んでる。
確かに、脳みそのしわが減ってるおばさん向けじゃないわね。
で、今、唯一高潔な魂持ってると思ってた林沖さんが
悪徳高官にいじめられて無実の罪着せられて、かつての仲間にも裏切られて切れまくったとこ。
物語とはいえ、しばし唖然としますぜ(-_-)。
殺戮の方法も切れ方も、いやーさすがに
肉食ってる人は違うなとか差別的なことも頭をよぎったり。
いかんいかん。
この物語のどの辺に世の人たちはロマンを感じるのか、
これから読み進むうちに明らかに…
なるんだろうか?
甚だ疑問である。
改めて読んでみました〜。
面白すぎ!
シルヴァー、かっこよすぎ!
これぞヴィランス中のヴィランス。
ジム、可愛すぎ。
スモーレット船長曰く、
「敵にも味方にもかわいがられすぎる」…
(ちょっと萌え。)
いや〜これが100年も前に書かれた冒険小説だなんて…すごいわ。
まあ、今読むと、血生臭すぎるところもあるけどね。
それはさておき
当時の船の航行のしかたとか
航行中の食べ物とか生活のしかたとか
海賊たちの性癖とか
そういう細かい描写がなかなか興味深かった。
まあ感心したのは、ジムは若干14歳なんだけど
冒険中は子ども扱いせず、
きちんと責任ある仕事を任せて
規律を乱したら毅然とした態度をとる大人達ですね。
今の私たち大人に、一番欠けてるものかも。
面白すぎ!
シルヴァー、かっこよすぎ!
これぞヴィランス中のヴィランス。
ジム、可愛すぎ。
スモーレット船長曰く、
「敵にも味方にもかわいがられすぎる」…
(ちょっと萌え。)
いや〜これが100年も前に書かれた冒険小説だなんて…すごいわ。
まあ、今読むと、血生臭すぎるところもあるけどね。
それはさておき
当時の船の航行のしかたとか
航行中の食べ物とか生活のしかたとか
海賊たちの性癖とか
そういう細かい描写がなかなか興味深かった。
まあ感心したのは、ジムは若干14歳なんだけど
冒険中は子ども扱いせず、
きちんと責任ある仕事を任せて
規律を乱したら毅然とした態度をとる大人達ですね。
今の私たち大人に、一番欠けてるものかも。
ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団 ハリー・ポッターシリーズ第五巻
2004年5月7日 読書
去年の夏に原書を手に入れてから約半年かけて読破しました(笑)。
感想は…
そーですねぇ。
…長い(爆)。
ハリーが、思春期にさしかかっているので
かな〜りダークな要素が見え隠れしているところなど、
よく描けていますね。うまいです。
また、父世代の思春期時代をかいま見て、想像とはかけ離れた実態に愕然とするところなど、今までにはないリアルさがあります。
人間界で言う「病院」に当たる施設が重要な舞台としてでてくるのですがこれがなんだかいかにもvideo gameの世界観を意識して作った感じ。
私はFF8のエスタを思い出しました(分かる人には分かる)。
話の本筋からはそれるのですが、
例の東洋系の女の子、Cho、かなり絡んできます。
ハリーとのちぐはぐなやりとりがほほえましいというか、
私的には一番の見所・笑いどころかと(笑)。
ちょっとネタバレくさいですが
終盤にDumbledoreがHarryにVoldemortとHarryとの因果を話して聞かせるところがあるのですが
…………「いまさらアンタ何言うてはるの…」
とガクっときたのは私だけではあるまい(苦笑)。
まあそんなベタベタな話の展開はいつものこと。
少なくとも4巻よりは断然面白いと言っておきましょう。
長いけど(しつこい)。
話は変わるけど、映画「アズカバンの囚人」のキャストを見てショック。
Siriusはあの方でいいけど、Lupinは激しくびみょー…。
もっとエレガントではかなげで危険な感じのする線の細い人ってイメージをもってたのになんか違うのよね。名優かも知れないんだけどさ。
感想は…
そーですねぇ。
…長い(爆)。
ハリーが、思春期にさしかかっているので
かな〜りダークな要素が見え隠れしているところなど、
よく描けていますね。うまいです。
また、父世代の思春期時代をかいま見て、想像とはかけ離れた実態に愕然とするところなど、今までにはないリアルさがあります。
人間界で言う「病院」に当たる施設が重要な舞台としてでてくるのですがこれがなんだかいかにもvideo gameの世界観を意識して作った感じ。
私はFF8のエスタを思い出しました(分かる人には分かる)。
話の本筋からはそれるのですが、
例の東洋系の女の子、Cho、かなり絡んできます。
ハリーとのちぐはぐなやりとりがほほえましいというか、
私的には一番の見所・笑いどころかと(笑)。
ちょっとネタバレくさいですが
終盤にDumbledoreがHarryにVoldemortとHarryとの因果を話して聞かせるところがあるのですが
…………「いまさらアンタ何言うてはるの…」
とガクっときたのは私だけではあるまい(苦笑)。
まあそんなベタベタな話の展開はいつものこと。
少なくとも4巻よりは断然面白いと言っておきましょう。
長いけど(しつこい)。
話は変わるけど、映画「アズカバンの囚人」のキャストを見てショック。
Siriusはあの方でいいけど、Lupinは激しくびみょー…。
もっとエレガントではかなげで危険な感じのする線の細い人ってイメージをもってたのになんか違うのよね。名優かも知れないんだけどさ。
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