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クリームソーダの思い出
2005年12月26日 エッセイ私は少々癖のある子どもだったので
母にとっては大分扱いにくい存在だったに違いないし、
親子だからと言って、絵に描いたような仲良し母娘という感じでもなかった。
むしろ、かなり冷めた関係だったように思う。
母は一生懸命なひとで、
我慢強く、尊敬できる人だったけど
どうしようもなく矛盾だらけで愚かな所もあった。
(実際、愚かじゃない母なんているんだろうか?)
大人になり、親元を離れ、
少なくとも親の脛をかじってはいないのだと
虚勢を張ることに意地を張っていた時期もあった。
たまに故郷に帰り、一緒に食事をすると
きまって母は食後に
「ソフト(クリーム)たべる?」
「クリームソーダ飲む?」
と奨めてきた。
幼い頃、大家族の世話で多忙だった母の息抜きにつきあって
よくデパートのレストランで飲んだクリームソーダは、
きらきらと輝いて、綺麗で、甘くて、ほんとうに幸せな味がした。
しかし、すでに「大人」になった私は、つい
(もうそんな子どもっぽいものは)
「いらない」
と毎回むげに断っていた。
そんな私の前で、恥ずかしそうにソーダを注文し、
幸せそうに飲んでいた母。
あのとき、一緒に飲んでおけばよかったな。
さようなら。ありがとう。
そして、お疲れ様でした。
母にとっては大分扱いにくい存在だったに違いないし、
親子だからと言って、絵に描いたような仲良し母娘という感じでもなかった。
むしろ、かなり冷めた関係だったように思う。
母は一生懸命なひとで、
我慢強く、尊敬できる人だったけど
どうしようもなく矛盾だらけで愚かな所もあった。
(実際、愚かじゃない母なんているんだろうか?)
大人になり、親元を離れ、
少なくとも親の脛をかじってはいないのだと
虚勢を張ることに意地を張っていた時期もあった。
たまに故郷に帰り、一緒に食事をすると
きまって母は食後に
「ソフト(クリーム)たべる?」
「クリームソーダ飲む?」
と奨めてきた。
幼い頃、大家族の世話で多忙だった母の息抜きにつきあって
よくデパートのレストランで飲んだクリームソーダは、
きらきらと輝いて、綺麗で、甘くて、ほんとうに幸せな味がした。
しかし、すでに「大人」になった私は、つい
(もうそんな子どもっぽいものは)
「いらない」
と毎回むげに断っていた。
そんな私の前で、恥ずかしそうにソーダを注文し、
幸せそうに飲んでいた母。
あのとき、一緒に飲んでおけばよかったな。
さようなら。ありがとう。
そして、お疲れ様でした。
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